時代も移り変わり、時は2011年の暮れに書き始めたこの頁に、2012年の暮れに加筆修正を加えています。小型餌昆虫は、一部の繁殖家が維持してはいるものの、一般的に販売されることが実に少なくなってしまいました。ショウジョウバエもまた、現在では、種親の入手にもいささか手間取る感すらあります。ただ、ヤドクガエルを取り扱っているところに頼めば、購入できるとは思いますが。
一般的でなくなっても、全くなくなったわけではないし、今後もなくなることはないのでしょう。管理人が持っている二十年以上前の飼育の本にもショウジョウバエを餌として使う方法が書かれており、それを初めて読んだときは、殖やすことでショウジョウバエを餌として使えるということに驚いた記憶があります。そこには、種親は「夏ぐらいに、バナナを入れた瓶を用意し、屋外で収集する」とあり、バナナとジャガイモと黒砂糖を煮込んでぐずぐすにしたものを瓶にいれ、その中にハエを入れておくと殖えるので、それを使う、みたいな内容でした。必要性があれば、ひとはどうにか入手するか、代替品を用意するもの、ということでしょうか。車輪の再発明みたいで、非効率である気はしますが。
しかし、捕獲した普通のショウジョウバエより、フライトレスやウィングレスといった、飛ばない品種のほうが圧倒的に扱いやすいので(それに安心して使えます)、これらは手放したくないところです。培地がより一般的になれば、より飼育者も増えて、そうなったら、常に出回るようになったりしないかな、とか思ったりします。
さて、昔話はさておき、ここでは培地の話です。売られている培地の話はさておいて、自作について書いてみましょう。
前述のバナナの話もあるように、ショウジョウバエは繁殖させるだけならば、容易な昆虫です。ですが、であるからこそ、最高の効率で、最高の栄養価を持つショウジョウバエを育成する培地はいかなるものであるか、加えてそこにコストの観点を含めたとき、その最適解が如何なるものであるのか、それは或いは、その時々で移り変わっていくものであるのかもしれません。
2015年になってこれを追記していますが、現在だと管理人は、ほぼすべてを市販されている培地(AA ,RA)を使っています。このサイトではよく触れていますが、作業時間が短いことを、長年続ける上で重要視しているからです。保存料も含まれていますが、そのため安心して木パッキンを足場として利用できますし、お湯で作る培地だとカビやダニの問題とも殆ど無縁です。加え言うと、それで増やしたショウジョウバエ単体でアイゾメヤドクガエルとかは殖えているので、栄養価としても問題はないのではないでしょうか。(もちろん、サプリメントをダスティングはしていますが)。
ショウジョウバエ培地は、大雑把に、その作り方で二種類に大別されます。
材料を煮立たせて作る調理培地と、水を加えるだけで作れるよう選んだ粉末素材からなる簡易培地と便宜上呼ばれているものです。
こうした培地に限らず、何か一つのジャンルにおいて、二種類以上のものが営々と存在し続けている理由はどのようなものでも大抵決まっていて、それはそれぞれに一長一短があるからに他なりません。例えばフタホシコオロギとヨーロッパイエコオロギのように。ショウジョウバエの調理培地と簡易培地もまた同様、前者は大量に安価に培地を仕込むにあたってアドバンテージがあり、後者は短時間で仕込めるという、小規模繁殖に於いて金銭的なコストパフォーマンスを上回るであろう魅力があります。
定期的に仕込みを要する培地にあって、手軽さは何物にも代えがたい魅力ではないでしょうか。調理培地は材料をいちど煮立たせるので、材料をそれほど選ばなくても、カビの心配が少ないというメリットがあります。簡易培地はカビや細菌などの混入に敏感であるため、培地の材料の品質はもとより、繁殖させる容器の清潔さに注意を払う必要があります。具体的に言えば、調理培地であれば沢山の容器を一度に洗って、そこらへんに積んでおき、それをそのまま使用することができても、簡易培地の場合は、使用直前の清潔さが重要になるため、洗い貯めておいたものを順次使っていくと、いくら培地をちゃんと保存しておいてもカビが発生してしまうことがあります。理想は、ちゃんと洗ったものを使用前に洗浄することですが、これは水道代が勿体ない気がしますし、毎回洗うのは手間の嵐です。一回に三分の手間も、一週間に二回仕込むとして六分、一ヶ月で二十四分、一年間で約六時間です。
簡易培地と調理培地、それぞれのメリットデメリットは、その運用方法や、一度に仕込む量により増減します。例えば、試験管一本分の調理培地を作るのは手間が掛かりますが、1L以上の量を仕込む場合、簡易培地との差は価格を加味すると逆転するかもしれません。
ですから、どちらの餌を選ぶのがよいか?というのは、繁殖の規模、サイクル――つまりは、仕込む人間の生活スタイルに如何に合致するか、によるといえましょう。
さて、どのようなもので培地を作るべきでしょう? バナナと黒砂糖? 羊羹をベースに水ようかんっぽくしてみる? 実は、この業務用の絹ごし羊羹とマンゴーゼリーなどの果実ゼリーを使って作る培地はお手軽なのですが、これで繁殖まで持っていった!という自信がないので、ここではまず、「少なくとも、この餌だけでヤドクガエル繁殖できたな~」というものを紹介していきたいと思います。
尚、培地の処方は、色々な本なんかで見た処方と、経験的に色々やってみて、こんな感じだと良く殖えるっぽいな、という経験論に基づく推測と実践の積み重ねで(いきあたりばったりともいう)やってみているだけで、この栄養素がショウジョウバエには良い、とかそういうことを管理人は理解していません。科学的ではないですね。
□培地の材料を集めよう
基本は、
炭水化物(デンプン)+糖類+蛋白質
の三つ。
これらを、利用するにあたって、餌はある程度の固形物であることが望ましいので、寒天で固めます。
タンパク質は栄養価を高めるためで、必須というわけではなく、極論を言ってしまえば、じゃがいもだけでも殖えることは殖えます。保存剤は、入れなくてよい、という意見もありますし、入れた方がよいとも聞きますが、主観的に、蛆が速やかに発生するならば、入れなくても問題はないです。
左が乾燥ビール酵母、右がコーンミール
□穀類
◇コーンミール(玉蜀黍粉末)
日本人には馴染みの薄い食材かもしれません。主食として利用されないので、やや割高ではありますが、製菓素材として小袋で販売されているものを購入することができます。探せば、大袋で購入することもできるでしょう。大袋はかなり安価です。とはいえ、500gで250円ぐらいなので、小袋でちまちま買うのでよい気がします。
◇マッシュポテト
マッシュポテト。無論、普通のジャガイモでも問題はありません。生のジャガイモを茹でて、ミキサーにかけるなどしても培地になります。ただ、それだけの手間暇をかけるのは、餌として長期にわたり仕込み続けることを考えると、オススメしかねます。既に加熱加工処理されたフレーク上、あるいは粉末状のマッシュポテトが販売されていますので、それを買い求めるのがよいでしょう。ただし、フレーク状の場合、空気が内部に残りやすく、混ぜるものやマッシュポテトの製造工程における清潔さにもよりますが、そこからカビる要因になります。簡易培地に使う場合は粉末状のほうが何かと良いと思っています。
釣りの練り餌や撒き餌として、マッシュポテトに蛹粉や魚粉などが入った製品があります。これらも培地になりえますが、魚粉や蛹粉が入っている為、ただ水を加えただけでは十中八九、カビて腐敗して大変なことになります。加熱した水を加えても、一週間以上、常温で管理するにあたっては発酵か、腐敗か、何かしらの問題が出てくるので、保存剤を入れる必要性があるでしょう。安価ではあるのですが、蛹粉や魚粉が発酵した際の臭気はそれなりのものがあるので、個人的には選択肢として却下です。
◇コーンスターチ
コーンスターチは安価なデンプン質、つまりはマッシュポテトやラスポテトの代替品です。だいたい価格でマッシュポテトの1/4ぐらいまで下げられますが、粒子が細かすぎるため、多く入れすぎると培地が固く締まって、培地の体をなさなくなります。培地を寒天で固める、保水剤や増年多糖類で、培地全体の滑らかさ、柔らかさが確保できるときであれば、水増しの素材に使えなくはありません。つまり、調理培地では使えないことはないです。しかし、金銭的コストカットよりも、入れることで生ずる手間暇のデメリットのほうが多いようにも思うので、入れるときは一考の余地があるでしょう。
□タンパク質
◇乾燥ビール酵母
乾燥ビール酵母は、乾燥酵母のたぐいの中では、もっとも入手しやすいものかと思います。昨今は、健康ブームに押されたのか、ちょっと入手が楽になった感がありますが………基本的に出回っているのはエビオスなどの人間用のもので、飼料用のものは出回ってません。一般ルートで扱っているものは、健康食品扱いの、人間用のもので、此はハエの培地に使うには高すぎます。そうなると、動物飼料用がベストになるのですが、残念ながらこれらは一般に広く販売されているものではありません。
甲虫の幼虫飼育用として、オークションで小分けにされて販売されているものは、販売者によって、いろいろなメーカのものがあるようで、正直なところ、かなり微妙なクオリティのものも出回っているようです。調理培地であれば多少のクオリティの低さは許容範囲ですが、簡易培地に使う場合は、精製がしっかりしていることが前提なので(でなければカビの原因になります)、どんなものでも良いというわけではありませんから、注意が必要です。
管理人が使っているのは業務用のキリン関連会社の乾燥ビール酵母で、昔は錦鯉用(その餌のミジンコ用)、あるいは鳥類の餌の配合用としてペットショップで20kg袋が販売されていたのですが、最近はあまり見かけなくなってしまいました。大きな錦鯉取扱店などであれば、取り寄せてくれる可能性はありますので、問い合わせてみるのも手かもしれません。
◇乳清タンパク
乳清プロテインは、乾燥ビール酵母に比べて安定して購入しやすい蛋白源です。一般ベースで入手しやすいものは人間が摂取する用途のものであるため、やや高価であるきらいはありますが、ショウジョウバエだけでなくイエバエなどの繁殖効率を上げることも期待できます。ただ、乳清タンパクだけを購入するよりも、糖質などの比率を計算する必要はありますが、粉ミルクとして入手したほうが簡単であるかもしれません。
◇イースト(パン酵母)
お菓子職人さんが友人に居る人向け。生イーストだったら、その場合手に入りやすいと思います。粒状のイーストを使う意味はありません(コスト的に)。
他にも、乳タンパク、小麦タンパク(グルテン)、などが入手可能ですが、やはりコスト的に割に合わないだろうと思いますので、省略します。
□糖類
簡易培地であればグルコース(葡萄糖)が最適だと思われますが、調理培地の場合は、安価な黒砂糖とかで問題ありません。氷砂糖、グラニュー糖、黒砂糖、三温糖、上白糖、色々試しましたが、完全に培地を沸騰させるように心掛ければ、別段、どれでも問題ないというか、殖え方にはそれほど差がないような気がしています。強いて言うなら、黒砂糖や三温糖では、菌が発生した場合の匂いがきつくなる感がある、という所でしょうか。ただ、臭いは蛆が速やかに発生すれば問題には殆どなりませんし、簡易培地との二層式でほぼ防ぐ事も可能です。よって、値段や好みで決めればよいでしょう。管理人は、近所のスーパーマーケットで定期的に安売りする上白糖をまとめ買いして使っています。
□粉ミルク
いわゆる粉乳。タンパク質、脂肪、糖質(乳糖)、各種ミネラル、ビタミンなど、様々な栄養素が理想的に配合されているので、餌昆虫飼育では重宝する素材です。入手の面倒な乾燥ビール酵母などと異なり、入手しやすいのも魅力的なのは乳清タンパクの項目で述べたとおりです。加えるだけで様々な栄養素、微量元素を補うことができます。極端に言えば、マッシュポテトに粉ミルクを入れただけでも十二分に培地として使えるほどです。
欠点というか、注意点として、保存をしっかりしないと、単体でもコナダニが沸きますし、これを入れた培地は尚のことコナダニが沸きやすくなります。缶で売られていますが、開封したら、冷蔵庫で保管するのがベストです。他の粉とは別に、水を加える直前に粉に配合すると良いでしょう。
□糊料
東京都保健福祉事務局によると、増粘剤、安定剤、ゲル化剤又は糊料は、『増粘安定剤は使い方によって、少量で高い粘性を示す場合には「増粘剤」、液体のものをゼリー状に固める作用(ゲル化)を目的として使う場合には「ゲル化剤」、粘性を高めて食品成分を均一に安定させる効果を目的として使う場合は「安定剤」と呼んで』区別されるようです。
ゼリーには、増粘多糖類で固められたものと、ゼラチンで固められたものがあります。たらみのゼリーは増粘多糖類、ブルボンのゼリーは、ゼラチンで固められています(1999年頃調べた時はそうでした)。尚、寒天の場合は寒天と記述され、寒天をゼラチンとは書きません。ジャムに遣われるものはペクチンですが、これは粘度や弾性を上げるものの、ゼラチン等のように固める迄には到らないようです。
他にも、グァーガム、キサンタンガム、カラギナンなどが菓子類に遣われています。
一般に入手し易いのは、
・寒天(テングサ)
・ゼラチン(現在は豚由来のみ、かな? 脊髄から作ります。以前は主に牛由来だったので、牛アレルギーの子どもなどは、此が遣われた食品を食べることが出来なかったりとかあったです。今はBSE問題から、豚にシフトした模様。この辺、ちょっと笑い話があるのですが、まぁ今回は割愛)
の二つでしょう。
此処で不思議なのは、ゼラチンを培地として遣う、という記述が、見受けられない事です。価格として、寒天の方が優勢という訳でもないのですが、ゼラチンを遣う、という記述を殆ど見ません。
此は推測の域を出ませんが、ポリプロピレン容器を遣って培養する場合、ゼラチンで固めると、ゼリーよろしく、逆さまにした時そのままつるんと出て来てしまう、からかもしれません。(簡易培地のつなぎとして入れる場合であれば、ゼラチンは有効です)
入手はし辛いですが、植物性由来(海藻抽出物)としてカラギナンもあります。此は、増粘多糖類と呼称されるものですが、種類があり、組み合わせにより異なった質感が得られるので菓子やアイスクリームに於いて力を発揮しているようです。ただし、入手が中々難しいので、培地には向かないでしょう。
寒天にしろゼラチンにしろ――というか、多くの糊料に共通して言えるのは、六十度前後で融解させ、冷却することで固化するという性質を有しているということです。
すなわち、此らの用途は調理培地に限定されます。但し、寒天は粉末が細かいと辛うじて、20度の水でもそれなりの効力を示しますが………
ゼラチンにしろ寒天にしろ、小袋ならばともかく大袋では入手しづらいものでしたが、最近は業務用寒天、などで検索すれば通販で簡単に購入できます。良い時代になったものですね。
□保存剤
プロピオン酸とか。僕は使った事無い(一般的に手に入りづらい)ので割愛。
こんなのに入れておきましょう。
開いてると吸湿してしまいます
保存剤とはちょっと違いますが、ドライイーストを完成した培地の上に少し撒いておくと、これ自体がハエの餌になると同時にカビなどを抑制すると言われています。実際抑制します。
但し、入れすぎると逆に無意味で、表面を覆ってしまい、蛆が湧かなくなってしまうので、気をつけてください。この辺は、まぁ慣れればどれぐらいがよいかが分かります。強いて規準を言うなら、一平方センチあたりに三粒から四粒とかかな? ごめんなさい、適当に云いました(そんな極端に外れてはいないでしょうが)。
保存料に位置するのかよく分かっていませんが、海外では酢を加えることもあるようです。これはハエには確かに良いようですが、臭いがなかなかステキなことになるので、オススメしていいものか………。