マリーノ氏/ Senhor.Marino 2009.03 San Gerardo de Dota,Costarica

 コスタリカ旅行記 ケツァール編第二回

 言ってはなんだが、管理人は別にそこまで水曜どうでしょうのファンという訳ではないような気がする。
 いつか書いたと思うけど、もともと、青森の秋山くんが、「おもしろいんだよ!」というから見始めたのが始まりで(丁度そのころはユーコン川のネット配信やDVD第一弾、第二弾が出た頃だったかな)、もともとあまりバラエティ番組(なのかなぁ、あれは)を見ない僕だったので、なかなか最初はなじめなかったが、その後、秋山くんからビデオ(VHSビデオだったのが時代を感じる)を借りたりして、現在ではDVDは出たら必ず買っていて、BOXに入れて部屋の本棚にある。
 でも、そこまで熱心なファンってわけではないと思う。たぶん、普通ぐらいのファンじゃないかと思う。西表島のパイン館や、上原港で、番組と同じアングルで動画を撮影するほど熱烈ってわけではない。僕が西表島に行くのは、あくまでサキシマスジオとか、そういう生き物がいるからで、そっちが目当て。でもまぁ、ここに来たのかぁ、と思って感慨にひたるぐらいはする。

 ゴジ・ツアーズのケツァール・ツアーは、「ケツァール・ツアー」であって、あとコスタリカに行くこと自体を、出発の一ヶ月半ぐらい前に急遽「行くぞ!」と決めたこともあって、あまり詳しく調べていなかったから、その行き先が「サン・ヘラルド・デ・ドータ/San Gerardo de Dota」であると知ったのは、それこそ、その場所に向かうランドクルーザーの中だったのだ。

「そうそう………水曜どうでしょうって、知ってますか?」

 管理人は凍り付いた。いったいなぜ、その名前が、こんな日本の裏側で出るんだ?

「え? ええ…………まぁ、知ってはいますよ。その……友人が北海道出身で、それで、教えてもらって、見てすきになりまして……(略)………」

「これから向かうのが、どうでしょう班が訪れた場所ですよ」

 と、ガイドの加瀬さんは言った(と、思う。うろおぼえ)。

「ええええ!? そうなんですか!?」

「あの(同行している)女の子たちは、水曜どうでしょうのすごいファンなんですよ」

 話によると、どうでしょう班が訪れたのと同じ旅をしてみたい!というファンが、過去にゴジ・ツアーズを訪れたことがあるという。加瀬さんは、その人から水曜どうでしょうの存在を知り、それで番組を見てファンになったのだとか。現在までに、そういう人は何人かいて、すべて同じ旅程を、という人は少ないけれど、ケツァールを見たい!という人には水曜どうでしょうファンが少なくないとか………誰か経済効果とか計算してみたらいんでない?

 いろいろな人がいるものだなぁ、と思ったが、まぁ、管理人とて、水曜どうでしょうではないが、生物地球紀行だとか、旅ロマンだとか、なんだか忘れちゃったけれども、そんな旅番組や本や写真を見て、「ケツァール見たいなー」と思って来ただけのミーハーな人間なので、にたようなモノな気もした。

 そんなこんなで、ロッジに到着。到着してすぐに、ケツァールを探しに行きます。なにしろ、このツアーは正午にはサンホセに戻るという非常に短い時間を使ったツアーなのです。

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どっかで誰かが見たことがあるかのような風景の周辺。

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Piranga bidentataFlame-colored Tanger "male"

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Coragyps atratusBlack Vulture

 歩き始めて一時間も経たないぐらいの頃から、ガイドの加瀬さんの表情が厳しくなってきた。最初はバードウォッチャーと会話をして、「どこそこにいたよ」という情報を受けてそちらを見に行ったりして、すぐ見られるかな、ぐらいの感じだった。実際、最初探し始めて十分ぐらいで、人だかり(といっても四人ぐらい)ができているところを通りかかり、「向こうの森の中にいる」というケツァールをフィールドスコープで三秒ほど見ることができた。が、すぐに飛び立ってしまった。

 そこから先、ケツァールがよく出現するポイント、という場所を巡っていくが、一向に姿は見えない。標高はそこそこ高いので、歩くのにはこつがいる。無理をしなければよいが、体力もないのに重いカメラはちょっと無理だったかなぁ、と思う。

 野生動物というか、あらゆる動物は外界をかなり正確に認識しているように思う。昆虫とかは、まぁ分からないが、少なくとも鳥や蛇、蛙などは、それが狭い範囲であるか広い範囲であるかは別にして、ちゃんとどこに何があるかを記憶しているようだ。ヤドクガエルは産卵場所を覚えて、オタマジャクシの面倒を見に来る。

 そもそも、自然下に「良い場所」というのは、そうたくさんない。生息に適した場所でも、「その中でより良い場所」が自然とできる。それは水場であったり、日当たりであったり、様々なものがあるけれど、ある種の生き物が好む場所というのはある。その個体のお気に入りという場合もあるだろうし、その種類全体にほぼ共通して好む傾向というものもあるだろう。

 自然観察者の中には、それを”なんとなく”感じ、その経験が積まれると、「なんとなくこのへんに○○がいるような気がする」という感覚を手に入れる人がいる。超能力とかではなくて、経験が、湿度、温度、照度、匂い、そういった諸々の条件を記憶し積層した結果であるらしい。そういう人は自分のよく行く場所とかではなくて、初めて行くフィールドでも、このへんかな~とかいいながらオカシナものを見つけ出す。

 管理人も、川縁とか、森とかで、「何時ぐらいなら、このへんに蛇とかひなたぼっこに来そうだなぁ」ぐらいは分かったりすることがあるが、卓越した人々のそれは木の中に埋まっている仁王を掘り出すような感覚ですらあるように思う。
 科学者はその条件を分析して体系化するのかもしれない。自然観察者の中にも、自分の経験だけではなく、人が記したデータを読み込み、近縁種の行動、その種類の特徴などから、習性などを把握して、自然下で見事見つける人がいると聞く。

 そこまで行かなくても、とにかくその場所にずっと滞在しつづけて、観察しつづければ、そこにいる個体が同じであり、その習性がほぼ決まっている動物であればあるほど、見られるポイントというのが分かってくるのだという。
 朝起きて、いきなり普段踊りもしないサンバを踊ったり、そこらへん散歩してくると朝出かけて「ちょっと地球歩いてくる」といってソコトラへ行ったりする人はいないように、鳥にもパターンがある。○○が見られるポイント、というのは、そこで見られた回数が積み重なれば積み重なるほど、鉄板だ。柳の下に二匹目のドジョウがいないのは、最初のドジョウを釣り上げてしまったからだ。

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 ゴジ・ツアーズの加瀬さんが、このツアーを始めてから、ケツァールを見られなかった回数は過去に一回だけだという。

 その加瀬さんの顔から、だんだん余裕が消えた。管理人はなんとなく、周辺の木とかを撮影して、気を紛らわせてみたりした。標高が2000mぐらい。キャメロンハイランドもそうだったが、熱帯雲霧林の森の木は、一本で木というより森じゃないか、というぐらい苔やらシダやらブロメリアやらツタやら、とにかくいろいろな植物で覆われている。これは熱帯雨林と呼ばれる場所に行くと、どこもそうだな、と思う。こんな風に木を撮影したりしている時点で、かなり見られないんではないかという予防線を張っているのだ。

「ちょっと遠くへ行きます。1km以上ありますが、大丈夫ですか?」

 同行者全員が、いきます、と即答した。ここまで何万キロ日本から来ているのか、と考えれば、あと1kmそこら、なんとゆーことはない。ただ、

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 1km以上ってことは、ひょっとして1.8kmのほうかなぁ、という疑問はあったけれど。
 奥に見えるのは橋である(その証拠に、写真の左端に人の足がある)。京都の上津屋橋や、アップルの電源ケーブルのように、「壊れないようにするのではなく、簡単に外れるけど、すぐに直せる」ように、という設計思想とかそーゆーのではなく、単純に木材運んでくるよりもそこらへんの木を切り倒して自作したほうが安上がりだからだろう。なんの加工もしていない(ロープはあるが、こんなものに体重をかけたら落ちる)

 しかしまぁ、管理人はじつは、こういう危ない感じのところを渡るのが大好きなだめな人なので、よろこんで渡ったりした。問題は、空気が薄いので呼吸が少々つらい感じなことだろうか。考えたら喘息の薬はおいて来ちゃったなぁ、とか思うが後のまつりである(だめな例ですよ)

 歩くことしばし、少し開けた場所にやってきた一同を前にして、ガイドの加瀬さんは言った。

 「あ、見てください。あれがケツァールの巣です」

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 ケツァールは、キツツキの古巣を利用して子育てをするという。写真は、ケツァールが使っていたという話の巣穴。ただ、現在は子育てはしていないので、ケツァールはここにはいない。

 何ともいえぬ沈黙が周囲を満たした。いや、ここまで来て、ケツァールの居ない巣を見ても、別段テンションとか上がる余地がないのだ!
 実際、加瀬さんの表情にも焦りが見えた。氏は重々しく口を開いた――

「これは、ここ数年で一番厳しいかもしれませんね…………」

 管理人には運がすごいあるか、ないか、両端である、と友人は云う。
 曰く、「食べ物屋に行こうとすると、そこが閉まっている率はもはやミラクルである」と。過去、「今日は定休日でした」というケアレスミスから始まり、「今日は臨時休業です」に連続して当たるのはザラ、そこから学んで予約をとるようになると、「予約を受けた者がミスをしまして、今日は貸し切りでした」という事態が発生(お詫びにワインをもらった)、その後、「二日前に閉店しました」事件を経て、「ついに店をつぶしおった」と言われたほどである。

 しかし、生き物ではそれなりに悪くない成績だったような気がするのだが――――地球の裏側に来て、まさかの「ここ数年で一番厳しいかもしれない」発言………今回の旅を暗示するかのような気がしたが、管理人は鈍感なので暗示にはかからなかった(ぼやーっとしてるのだ)。

「最初のところに戻りましょう」

 もはや唯々諾々と従う一同。少なくとも、ケツァールが見たい!という意思だけは一緒である。そのためならば、休みなどなくともよい。そもそもそんなに時間は残されていないのだから。

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Myioborus torquatusCollared Redstart

 ただ、そもそも、このSan Gerardo de Dotaは標高の高いところにいる鳥を見るメッカのような場所で、このロッジもそうしたバードウォッチャーの為に作られている。

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Myioborus torquatusCollared Redstart

 コスタリカは鳥の宝庫であり、それらを目当てに訪れるバード・ウォッチャーはたくさんいる。個人で購入する人っているのかなぁ、と思っていたような、何百万もするニコンやキャノンのレンズを担いで移動する人が五人とか六人とかいて(それも、僕が訪れた日の朝だけで)、300mmの手持ち白レンズを構えている人も何人かいて、そうしたカメラは持っていないけれど、自前のフィールドスコープを持っているという人も何人も見かけたし、双眼鏡や、それは持っていないけれど鳥を探している人はもっとたくさんいた。
 熱心なバードウォッチャーは、話によると何日、それこそ一週間二週間、ここに滞在して、鳥を観察するのだという。何時にどのへんに鳥が来るのか、それを把握した上で、理想とするショットを狙う――そんな人のひとりに、ケツァールを見ませんでしたか、と声をかけると、自慢の写真を見せてくれたりしたけれど、それは昨日撮影したものだという。すばらしい写真だった。プロなのか趣味人なのかは分からなかったが。
 たぶん、管理人の英語がだめだめだから、ここで見られたか、という意味にとって見せてくれたのだろう。写真のケツァールはすばらしかった。でも、管理人は、ケツァールのスゴイ写真を見たいのでも撮りたいのでもない(見るだけなら本や、写真集や、ネット上にたくさんあった)。いや、撮ってはみたいけど、とにかく見てみたいのだ。この目で空を舞う姿を見たいのだ。何故かは分からない。大画面テレビでも、高解像度の写真でもなく、常に目の前の光景が流れ去り薄れゆく過去になるこの世界の中で、同じ時間に同じ場所にいる、あるいはいたという経験を得たいが為に、いろいろ無理して(そもそも旅行費は一部借金である)やってきた。

 それでも、見られないことはある、というのは当たり前で、それは分かっていたし、あるいはそういうものだからこそ見たいのかもしれない。

 タイムリミットは刻々と近づく中、加瀬さんが足早に、しかし滑るように静かに坂道を登り始めた。あわててその後を追う。雰囲気から、音を立てるべきではないと分かった―――その先に、何人もの人々が音を立てないようにしつつ、双眼鏡やフィールドスコープや、あるいは肉眼で、とある木の一点を見上げていた。一足先に坂道の中程まで進んでいた加瀬さんが、担いでいたフィールドスコープを素早くセットし、ピントを調節する。会話はない。そして。

(次回へ続く)